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前編(【記事案】なぜ買収価格を「1円」だけ上げるのか?カカクコム争奪戦で学ぶTOBの駆け引き)では、欧州の投資ファンドEQTが、カカクコムの買収価格を1株3,680円から3,681円へ「1円」だけ引き上げた理由を考えました。
でも、1円の意味はそれだけではありませんでした。後編では、残る2つの仮説と、この争奪戦の裏で働くプロたちの仕事を見ていきます。
期限を迎えて応募が足りなければ、TOBは不成立です。少しでも条件を改善して期間を延ばせば、株主や市場、そしてライバルに「撤退しない」という姿勢を示せます。
EQTの9月29日の届出書によれば、この時点でカカクコムの株価はTOB価格を上回っていました。市場で売った方が高いなら、株主はTOBに応募しません。EQTにとっては、状況が落ち着くまでの「時間」が必要な局面だったと言えます。またEQTは、物言う株主のオアシスと応募について協議を続けているとも開示しています。
引き上げを大きくすると、ライバルもさらに上げてくる可能性があります。「動かないけれど引かない」という絶妙な立ち位置を取れるのが1円、とも考えられます。
この案件では、大株主のデジタルガレージ(約2割)とKDDI(約18%)が、EQTのTOBには応じないという契約(不応募契約)を結んでいます。これは「買収に反対」という意味ではなく、TOBでは売らずに株主として残り、その後の手続きで会社に株を買い取ってもらう(自己株式取得)という、買収に協力するための約束です。また、物言う株主(アクティビスト)のオアシス・マネジメントは3,640円を求めていたと報じられました。
届出書には、この仕掛けがはっきり書かれています。ポイントは、契約の条件が「EQTの価格」を基準に決まっていることです。
LINEヤフー側の提示価格は3,597円(KDDIと合意できた場合は3,720円)で、どちらの「線」にも届いていません。EQTが価格を上げるたびに、相手が越えるべきハードルも自動的に上がる仕組みです。たった1円でも、契約上の意味はゼロではありません。
あなたがEQTの担当者なら、9月29日に「大きく上げる」「1円だけ上げる」「上げずに終える」のどれを選びますか。
この1円は、誰かが思いつきで決めた数字ではありません。買収の現場では、多くのプロが役割を分担しています。
実際、カカクコムの取締役会は5月にEQT案への賛同と応募の推奨を表明しましたが、7月には応募の推奨をやめ、「応募するかは株主の判断に委ねる」立場に変えています。EQTの1円の引き上げを受けた9月30日の開示でもこの立場は変えず、「両立し得ない」2つの案について双方と誠実に協議し、どちらが企業価値と株主の利益に資するかを慎重に検討する、としています。価格だけでなく、こうした判断の一つひとつが、経営の意思決定です。
外資系投資銀行や投資ファンドは、こうした「数字とルールと駆け引き」の世界で働く仕事です。ニュースの小さな違和感に「なぜ?」と問いを立てられる人は、この仕事に向いているかもしれません。
QTのTOBの期限は10月14日です。そのまま成立するのか、また条件を変えて延長するのか、LINEヤフー・ベイン側が動くのか。結果が出たら、この記事の続編で答え合わせをします。
記事を読んだ皆さんに考えてほしい問いを、最後に2つ置いておきます。
本記事は公開情報に基づく解説であり、特定の有価証券の売買を勧めるものではありません。仮説は筆者の解釈であり、当事者の説明ではありません。