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「価格.com」や「食べログ」を運営するカカクコムをめぐり、今年の春から買収合戦が続いています。一方は欧州の投資ファンドEQT、もう一方はLINEヤフーと米投資ファンドのベインキャピタルの連合です。
9月29日、EQTは買収価格を1株3,680円から3,681円へと引き上げました。上げ幅はわずか1円。しかも実は2回目で、8月にも3,570円から3,571円へ1円だけ上げています。
全体で数千億円規模の買収で、1株あたり1円。株主から見れば、ほとんど意味のない差に見えます。では、なぜわざわざ「引き上げ」を発表したのでしょうか。
この記事では、公開情報を手がかりにこの「1円の謎」を読者の皆さんと一緒に考えます。前編では、TOBの仕組みとルールから見えてくる「1円」の意味を探ります。
TOB(株式公開買付け)とは、「この価格で、この期間に、この会社の株を買います」と広く宣言して、株主からまとめて株を買う方法です。会社を丸ごと買いたいときによく使われます。カカクコムには2つの陣営が名乗りを上げています。
両者が交互に価格を上げ合い、EQTは5カ月で5回、価格を引き上げてきました。
各社の開示・報道より作成(2026年5月〜10月)大きな引き上げの合間に、「+1円」が2回挟まっているのがわかります。
企業がTOBの条件を変えるときは、その理由を開示資料で公表します。8月27日に3,570円→3,571円と上げた際の資料では、理由が次のように説明されています。
対象者株式の市場株価の状況、…本公開買付けへの応募状況並びに今後の応募の見通し等を総合的に勘案し、対象者の株主の皆様…により魅力的な条件での売却機会を提供し本公開買付けの成立確度を高める観点から
つまり公式には「株主にとって有利な条件にして、買収を成立させやすくするため」という説明です。ただしこれは価格を変えるときの定型的な表現で、なぜ「1円」なのかには触れていません。1株1円では、株主にとっての魅力はほとんど変わりません。ここから先は、公開情報とTOBのルールから考えられる「仮説」です。
TOBには、期間に関するルールがあります。
EQTのTOBは5月13日に始まり、9月29日の時点ですでに95営業日に達していました。対抗するTOBが始まっていればその終了日まで延長できますが、LINEヤフー・ベイン側は「TOBを始める予定」と公表したまま(予告公開買付け)で、開始時期を「9月中旬」から「未定」に変えています。つまり60営業日を超えた後にEQTが期間を延ばすには、届出書を訂正する理由が必要です。相手の新しい提案のような「新事実」があればそれが理由になります。なければ、価格を1円上げるだけで「条件変更」という理由を自分で作れます。EQTの届出書を並べると、このルール通りに動いていることがわかります。60営業日以内の7月2日は価格据え置きで延長し、60営業日を超えてからは、新事実か値上げのどちらかを理由に、毎回ちょうど10営業日ずつ延長しています。
EQT側が9月29日に提出した訂正届出書にも、価格の変更に「伴って、法令に基づき、公開買付期間を当該訂正届出書の提出日…より起算して10営業日を経過した日にあたる2026年10月14日まで延長し、合計105営業日とする」と書かれています。価格変更と期間延長がセットであることは、公式の開示でも確認できます。
対抗するLINEヤフー・ベイン側も、9月16日のプレスリリースでこの状況に触れています。EQTのTOBが「法定の原則的な最長期間である60営業日を超えて例外的に延長され続けている」ことを理由の一つに挙げ、自らのTOBの開始時期を「未定」としました。また、8月27日の3,570円→3,571円の引き上げも、わざわざ明記しています。
ここから、「価格を大きく上げるつもりはないが、応募を集める時間はほしい」ときに、延長に必要な「訂正の理由」を最小のコストで作れるのが「1円」だった、という読み方ができます。1円は延長の唯一の手段ではなく、一番手軽な手段というわけです。ただし「延長するために1円にした」とは届出書に書かれておらず、ここは筆者の解釈です。
でも、1円の意味は、期間の延長だけではありませんでした。後編(10/13公開)では、EQTと大株主の契約を読み解くと見えてくる、1円の「もう一つの意味」を紹介します。あわせて、この争奪戦の裏で働く投資銀行や投資ファンドの仕事も見ていきます。TOBの期限は10月14日。その前日に公開します。本記事は公開情報に基づく解説であり、特定の有価証券の売買を勧めるものではありません。仮説は筆者の解釈であり、当事者の説明ではありません。